生きるために魚を捕り,小麦や米を育て,動物を狩る。
現代ではそれらすべてを代行してもらうことができる。
お金を媒介として。
そのお金を得る手段として多くの人は働くことになる。
お金を得る手段が労働だ。どんな労働をするかを自分が決められるなら
好きなことを仕事にすればいい。
好きなことでお金ももらえるという幸せもある。
好きなことだから発想も充実,努力も当たり前にできる。
けれど多くの人は学校を出たら否応なしに仕事に就く。
好きな仕事じゃなくてもとりあえず仕事に就く。
とにかく働けという周囲からの圧力に。
ほとんどの人はお金のために働いている。
生きるために働いている。
ほんの一握りの賢者だけは働くことを娯楽の1つとして
自分のテリトリーの中で軽々と位置づけている。
社会問題とさえいわれるニートにそんな影を見るのは,私だけじゃないはず。
お金がたんまりとあれば誰も働かないか? と言えば、そうでもない。
お金がいっぱいあっても、人は自分のやりやいことはするので、その好きなことが仕事であれば、お金があっても働くとなる。 という場合もあるし、働かない人ももちろん居る。
では、逆にお金が無ければ働かないかと言えば、とうぜんお金のためには働かなきゃいけない。 お金が無い人は、自分のやりたいことでお金を儲けるなんて贅沢なことも言ってられないので、嫌いなことを嫌々やってお金を貰う羽目となる。
と言いたいところだけど、お金も無いのに働かないというニートなんて存在もあったりする。
でも、十中八九は、お金のためだ、やはり。 そして、お金に余裕ができたら、この問いに向き合えるようになる。
それまでは、考える余裕が無い。 で、ニートのことがちょっとひっかかる。
お金も無いのに働かないという心理状況は、ふてぶてしくもあり頼もしい。 ニートの存在は、人は十中八九、お金のために働かなきゃいけない、ということを嘘にしてしまった。
じゃーこれを正解にしたい。
人は信念を貫くために行動する。 信念無き者は、お金のために働いたっていいし、やりがいのために働いたっていいし、なんとなく働いたっていい。 信念が無いんだもの、心の隙間にいろんなものが入ってくるだろう。
就職したけど働くってこんなことだったのか。
怠けた上司や腕の切れない適当な同僚がいっぱいでこっちががんばろうとすると押さえつけてやろうという気概が見える。
新入社員に雑用を押しつけて自分はのんびりネットをしている。
仕事人としての手本を示せとは言わないけど、自分には甘く自分もいつかそうなってしまうのだろうか?
なんてことを考えていると会社はただの集まりでしかなくて自分の居場所ではないなんて考えてしまう。
そんなこと考えずにただ働いて仕事を覚えるのが一番なのだろう。
でも毎日仕事が楽しくないし将来ずっとこれを続けると思うと気分はさらに沈んでいく。
みんなこんな気分を体験したのでしょうか?
これが社会人になることなのでしょうか?
そろそろ仕事に行く時間です。
大学を出て就職したからという理由で働いてます。
不満もないけど満足も感じませんが。
ほんとは毎日遊んでいたいけど、それじゃあ大人失格ですよね。
それで働いているのかもしれません。
理由?考えたことなかったです。
働く本音はお金が欲しいからだろう、と思う。
お金で欲しい物を買うと満足できるし楽しい。
いろいろ欲しいものがあるから、そのために働いてる。
といっても、不満でもなくしっかり仕事はやっている。
お金のために、自分の信念を曲げたりはしてない。
折り合いをつけてちょうどいい感じで働いてる、今の自分。
ちょうどいい仕事をちょうど良くやって、そこそこ稼ぐ毎日。
極端にお金に走ってないから、お金が働く理由でも、恥ずかしいと思わないな。
何でも自分の決断で進めてきた。
熟慮の上の「決断」で今現在がある。
お金のために働いてなんかいない。
理不尽さを人のせいにしながら働いていない。
ここは自分の居場所じゃない、なんて言い訳しながら働いてもいない。
自分が下した決断を信じて、働くことに確固たる意義を見出しているからこそ
わたしはこうして働いているのだ。
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