人生という言葉は、誰でも知っている単純な簡単な言葉である。文字通り、人の生き方、人の生き様であり、人の生きた年月すべてを指す。
人生と聞いてあなたは今、何を思い浮かべるだろう?楽しい、苦しい、長い、短いなどさまざまある。
全く同じ状況で生きている人なんていうのは、現実には存在しないが、もし存在したとする。
果たしてその2人は、その人生をどう思っているだろうか?
一流大学を出て、会社を設立し、年収は1億に届くほどある。ステキな相手と結婚し、瀟洒な家にすみ、子供もかわいい。
おそらくその主人公は、人生をしあわせに感じているに違いない、そう思うだろう。
けれども、1人はしあわせと感じ、もう1人はしあわせと感じていない。そんなことが起こりうる。
しあわせという感覚は、人を愛する感覚にも似ている。
愛する人を本当に愛している、自分は真実の愛に包まれていると思えば、実在する本当の愛を明確に感じられる。
けれども、これは本当の愛じゃない、もっとどこかに本当の愛があるはずだと思ったり、相手の嫌なところ1つ見つけたら、即座に、やっぱり2人は合わなかったんだ、本当の愛じゃないんだと烙印を押すなんてことをすれば、たちまち不幸な愛に変わる。
幸せにも、そんな愛の感覚と同じことが当てはまる。幸せだと思えば体感する幸せが増し、不幸せだと思えばいくらでも不幸せだと、そう思えるのだ。
人生とは、人の生きた証であり、その人の歴史で、具体的なものである。人はその人生に意義と幸せを見いだそうとする。自分の価値観で、人生を客観的に判断しようとする。
人生とは、単なる時間の積み重ねではない。人生における時間は、すべて有限で、すべて未来を決定する重要な決断の瞬間を構成しているのだ。
人は人生が常に自分にとって満足なものであることを望む。つまり、人生は決断の連続であり、一瞬ごとの判断に基づいた行動が連続し、やがて長い時間となり、人生を形成することからすれば、人生が有意義かどうかを重要視することは、己の決断の正当性を確認する事に他ならない。
日々積み重ねられる決断の1つ1つを、後悔のないベストなものにしていけば、人生が有意義で幸せなものだと感じられるのは必然なのだ。
すべての決断に真摯にのぞみたい。人生を幸せだと感じたい。そして、死ぬまでに人生観を確立し、人生とはに答えを見いだすのだ。
答えのない人生を歩むかどうかは、自分自身に委ねられている。
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