生きる意味を考える。
私は誰かのためになっている?
私は誰かに必要とされている?
私がいなくても誰も気付かない。
それなのになぜ生きているのだろう。生かされているのだろう。
生まれてきた意味を考える。
この世に存在する意味を考える。
マグマはいつか地上に溢れ出すように、小さなタネはいつか双葉となるように、私の存在は偶然による必然。
確実に存在した愛が私を生み出した。
そう思えるなら自分を納得させられるなら。
愛は消え去り地上に存在しなくても、佇み残る幻影は悩める柔ら木をつつむ、シェルターとなりそっと語りかけただろう。
生まれてきた意味、意味は見つけられなくても、答えが見えなくてもそれでも生まれてきた事実だけは、そこにあるから。
つきまとうこの閉塞感。
なぜ生まれてきたのか、生まれてきた意味は自分ではどうにもできないけれど、生きている意味を考える。
生きることは自分自身の集大成、自分の全くの管理下にある。
どう生きるも自分の中に答えがある。
なぜ生きている、さらに生きていくのか。
だれかを幸せにするため?誰かに幸せを与えるため?
あなたが生きていくのは、毎日繰り返すのは、誰かのためじゃなくて自分自身、あなたが幸せであるため。
自分が幸せになるため。幸せだと感じる瞬間を紡ぐため。
誰かを幸せにするためじゃなく、私自身に幸せを届けるために生まれてきた。
誰にも遠慮はいらない。
もちろん、自分を卑下しなくていい。
劣等感に苛まれても、どうして自分だけって悲しくなっても。
あなたはあなたとして生まれてきた。ダメな自分も私自身。ずっと寄り添う私自身。
私の背があと1p高かったら。
私の微笑みがもう少し魅力的だったら。
私の心がもう少しきれいだったら。
自分だけが何もできない、何も成せない。
生きる意味を納得させられるような十分な、自分だけの何かがあったなら。
それでも私はこの与えられた体で、考えている悩み多きこの感覚とともに生きていこう。
生まれてきた意味にも生きる意味にも、胸を張れる答えは見つけられないけれど。
自分の幸せのために生きていく。最も身近な自分のために。
幸せだうれしいなと感じる瞬間を素直に感じたいから。
だから今日も、小さな事柄に悲しくても、些細なことにさえ、どんより沈んでも。
生きること、つらいこと、容赦なく襲う無力感とともにあること。
生きる意味を知らない私は、それでも生きていく。
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