朝が来て学校へ行き、勉強するという目的だけで、皆で同じ本を読み、同じことを詰め込み、ただ時間を無駄に浪費して帰る。その繰り返しで毎日が構成されていく。
勉強し、いい学校へ入り、いい会社へ入る。そうすれば、いい人生が待っている。そこに幸せは?・・・。
たくさん給料のもらえる会社、社会的信用のある会社がいい会社と呼ばれる。やっとここに幸せは?・・・。
いい会社に入り、いい結婚をする。いい家庭を築く。 今度こそ幸せは?・・・。
程々に長生きして、死んでいく。 どうだろう、振り返って幸せな人生?いい人生?・・・??
何の特徴もない誰でも主人公になれるようなありふれた人生。これが、「いい人生」だろうか?
自分がその人生の主人公となったとき、「いい人生」を生きながらも満たされない。
生かされる人生である「いい人生」とは他人から見た「いい」人生にすぎないだからだ。
自分で考え、真実を見つめ、道を切り拓くための牙を、日本の教育課程で抜かれ、与えられたことには精一杯取り組めるが無から創造することを忘れた者たち。真実を見失った者たちが他者の言葉どおりに生かされる人生だからだ。
さらに今「いい会社」が倒産すらする。途端に、「いい人生」は、何の真実も本音も楽しみもない失望の人生へと変貌する。
「いい人生」はただの幻想だったのだ。
どうすれば本当の「いいじんせい」を自ら生きられるか?
自分のやりたいことを見つける。
やりたいことが他人から見ると、つまらないことでもいい。
思う存分自己中心的になればいい。
自分がやりたい、本音で楽しいことなら何でもいい。
与えられた目標や課題をこなすことばかりに、慣れきった思考能力の鈍った人にとってはこれが悩ましい。今、すぐに思いつく人は、本音の人生を歩み始める準備ができている。
子育て、本音を書くこと、絵を描くこと、旅行すること
それが仕事じゃなくてもちろんいい。仕事は人生の一部だが人生を決める物ではない。お金を生み出さなくてもいい。
仕事=生活に必要なお金を得る物ではあるが、人生を左右する物ではないのだから。
結婚も同じことが言える。
結婚はある種の安定を与えるが、幸せを左右する物ではない。
仕事や結婚は社会的な幸せを装うだけの、かたちにすぎないのだ。
本音の楽しいことを見つけ、幸せを、いい「じんせい」を生きる。
それが達成できるかどうかは、自分だけにかかっている。自分がいかに本音で取り組むかにのみかかっている。
自分自身がやりたいことを見つけて実行できるか。
やりたいことをすることが、生きている実感のある「じんせい」を作り出すのだ。
他人は、自分以外のことに実は興味はない。自分との比較に他人を使うだけだ。
他人の言う「いい人生」が本人に全く退屈で地獄のような人生であり得るのだ。
そんな他人の言う「いい人生」を生きる、ただ生かされる空虚な人生で満足できますか?
ただ生かされる、今のその人生で満足できますか?生きているって言えますか?
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